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blog担当者: kazetuma

陶芸家・森一規(もりかずき・このblogでは"工房主"と呼んでおります)が主宰する
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母の大腿骨頸部骨折(1)」のつづきです。

実は、今の母は、骨折によるリハビリは中断し、
   ある病気と戦っております。
 従って、この続きはタイトルを変えて続くということになるかもしれない。



では、母の大腿骨頸部骨折について
時系列で箇条書きに書いてみます。





2014年3月1日
 午前0時頃、母(87才)は一人でトイレに行った後か行く前か?台所へ行き台所中央で転ぶ。(本人の弁)
  動くと左の太ももが極度に痛む。この時点で太ももの骨折だろうか?などと思っていた。
 午前8時前、救急車で整形外科へ。
  検査の結果、大腿骨頸部骨折と判明。
 
3月5 日
 人工骨頭を入れる手術。
 (医師と麻酔担当医から、3日と手術当日に、家族への説明あり。
 心電図で若干心臓の機能が低下しているが、手術に支障をきたすほどではない。
 ほか、麻酔の危険性や合併症のことなど、色々説明も受けた。)


3月6日
  手術跡の傷はお尻横の位置で十数センチあり、大きく11針ほど縫ってあった。
  リハビリはマッサージ程度のもの。少し貧血症状あり輸血。血抜き用の管はこの日のうちに取れた。 

3月7日
  時々、傷口が痛む。骨折した方の足「左足」の膝が、全く曲がらない。
  食欲半減。声も小さい。

3月8日
  午後のリハビリで、立つことに挑戦したが、まだ痛みが強くてできない。
  次回は痛み止めの座薬を入れてからやろうということになる。

骨折前の状態が、杖でゆっくり歩ける程度だったので、
リハビリでどこまで回復できるか?
医師の話で、歩行等は、前よりもワンランクかツーランク落ちてしまうことになるでしょう。とのこと。

3月9日
  尿管が外された。
  下痢気味(これは、5年前の胃がん手術のせいもあり、骨折以前から原因不明の下痢をすることがあった。)

3月10日
  座薬後、リハビリ室まで車椅子移動し、平行棒で少しだけ歩く稽古。
   この頃から少し、左足膝が曲がるようになった。(といっても自分の力ではまだ)

3月12日
  大人用おむつだったのが、パンツ式おむつに変わった。


3月15日
  つかまって歩く稽古。まだ、ふらふら。腕に力が入りすぎて、リハビリで疲れている。
3月16日
  精神的に少し元気になっている。テレビも見始めた。抜糸した。
3月18日
   転院。リハビリ専門の病院へ。
   この病院で8週間入院の予定。(早い人は4週間らしい。)

3月20日
  前の病院より、リハビリが少し高度(強度?)になり「痛い」という。
 
3月22日 
  入浴させてくれたのが、若い男性だったと、笑いながら話す。歩行器での歩きはまだゆっくりペース。

3月29日
 私がトイレまで車椅子で連れて行った。一人でパンツの上げ下ろしできる。
 車椅子とベッド間の移動も、ゆっくりだが何とか一人でできる。

4月3日
  車椅子の足乗せ部分の折りたたみを、左足首の力を使って、やれるようになった。以前は右足しかできなかった。
4月6日
  病院の廊下を、杖をついて20mほど歩くことができた。(付き添いは必要)

================
上記のように
高齢ながら順調にリハビリも進んでおりました。

しかし、病院から
「意識が薄れている。心筋梗塞の恐れあり。」
云々の緊急連絡あり!

すぐに病院へ向かうと、途中で再度連絡が入り、
「救急車で、別の病院へ向かう」と。

そのk病院へ着くと、しばらくして、
付き添ってきてくださったリハビリ病院の医師と看護師さんが
少しほっとした表情で
「血圧が下がり心電図も乱れておどろいたが、今、血圧も心電図も安定しました」とのこと。

いったい何が起きたのだろうか
看護師さんに訪ねると、自分でナースコールを押して
「歯茎が痛い!痛い!胸が苦しい」など、自分の異常を訴えたらしい。

当日、k病院の医師の説明。(うろ覚え↓)
 心臓弁膜症の症状あり。(数年前にも、少し弁膜症あると言われたことあり)
 年齢のこともあり、血管が硬くなっていて血液の通りが悪くなっていることも考えられる。
 心筋梗塞を起こしそうになっていたのかもしれない。と、こんなような話だったと思います。

当日、母との会話。(割としっかり語る。以外と元気。ベッドに横になったまま語った)
 「意識はずっとあった。同室の患者さんや看護師さんたちが、自分の症状に驚き、慌てている様子まで、ずっとわかっていた」
  という。
  皆をびっくりさせてしまって、申し訳なかったと少し苦笑いしながらいう。


そんな母に、私と兄は「まだそんなにしゃべらない方がいいよ!」と注意したのでした。(私たちも苦笑い)

このあと、集中治療室へ入院した。

この時点で、k病院の入院は二週間の予定だった。
そしてまた、元の病院へ戻ってリハビリを続ける予定だった。


が、
この数日後のCT検査で、新たな大病が見つかってしまった。

その病名が
「大動脈乖離 だいどうみゃくかいり」です。

「命に関わる病気」と医師に説明を受けて
今日で6日目となる。

今は、骨折後のリハビリどころではなくなってしまい、
毎日の病状が気がかりで母の見舞いに向かう日々です。

母に笑いが出る日は、こちらもほっとして、
笑いが出ない、声も小さい、どこかを痛がる、食欲がない、などの日は、
こちらも「だいじょうぶかなあ!?」と心配し
「じゃあ帰るからね」というのも申し訳ない気持ちのまま帰宅する。

明日は笑顔が出ますように!




暗い話のブログになってしまったかしら?

入院中の母ですが、若い頃、琉球舞踊を踊る人でもありました。

なので、ベッドで楽しめることは何だろう?と考えて

時々、スマートフォンを使い、youtubeにある
琉球舞踊の動画を見せています。

すると、横になったままですが、手で踊ったり、歌ったりしてくれます。

頭はしっかりとしているので、
調子がよいときは、昔話をしたり、
私にも、色々だめ出ししたりします。

私も今年で還暦なのですが、
母にとってはいつまで経っても、
頼りない末っ子なのでしょう!

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自分自身の記憶として、
また他の方の参考にもなるかも?という思いで
私kazetumaの母の事を書こうと思います。

今年88歳(米寿)になる母です。

3年前の病(脳梗塞)をおこすまで、約25年間一人暮らしの母でした。
その後、家族が交代で実家に泊まり食事の世話などしてきました。

杖をついてゆっくり歩き、一人で早朝散歩するほどに回復していたのですが
今月1日、恐れていた
”転んで骨折”という事故が家の中で起きました。

深夜にトイレに行こうとしたのだと思います。
毎晩寝る前に軽い睡眠薬を服用している母です。
そのせいもあったのでしょうか、足を板の間で滑らせ、転んでしまったのです。

救急車で運ばれ、診断結果は
大腿骨頸部骨折だいたいこつけいぶこっせつ

老人が骨折しやすいところだとよく聞いていた箇所です。

その診断を聞いた当初は、
寝たきりになって衰弱してしまうんじゃないか?ととても心配しました。

ですが、お医者様の話を聞いて少し安心しました。

医学の進歩はすばらしいですね

最近は、90歳以上の人も、人工骨を入れる手術をして
”歩けた人は歩けるように”という方向で治療するのだそうです。

もちろん、手術に耐えうる体かどうかの診察は術前にしっかりやった上で。

幸い母も手術可能な状態だったので、
骨折して5日目に手術していただきました。

今日で12日目。

手術の翌日から、リハビリ開始でした。
一日目はもちろんベッド上で軽いリハビリでした。
やはり、骨折している左足側が、少し動かすだけでもとても痛がります。

一日午前と午後に一回ずつのリハビリです。

「頑張れ母さん!」そんな気持ちでこの二週間みております。
看護師さんが頻繁に看てくださる完全看護なので、ずっと付き添う必要はないのですが
やはり気になり、毎日3〜4時間は付き添うようにしていました。

ですが今日、母が「明日はもう来なくていいよ」と言います。
一昨日くらいからテレビも見れるくらい元気が出てきて、声もはりが出てきた感じです。
じゃあ、明日は行くの休もうかな?
と思っているところです。


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つづき  大腿部頸部骨折(2)へ


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